2010年09月06日

最後の広島西へ(旅行後)

■2010.09月 東京国際・神戸・鹿児島・広島西・名古屋(旅行後)

今回の旅行では、旅客便が廃止されると言われてきた広島西飛行場と名古屋飛行場を訪問しました。JALの経営難により各地の空港で浮上してきた廃港問題を軽く取り上げます。


初めてではない廃港騒動
JALが今年1月につぶれたおかげで、今年は、日本各地の空港で減便、減便、また減便といった話題が次から次へと出てきた。ANAもこの機に便乗して、多数の減便、路線廃止を断行している。
ANAは路線単位での減便・廃止が多く、空港から撤退するということがないから、あまり話題に登らないのだが、JALは地上経費も削減するため路線をざっくり切り捨て、撤退する空港が多数生じたせいか、非常にクローズアップされた。今年1月から来年3月までの間にJAL運航の旅客便が消えたまたは消える予定の空港は、松本、静岡、名古屋、神戸、広島西、粟国(休止を廃止に変更)と実に6空港を数える。

当然マスコミでも大きく取り上げられ、各地の空港が大変との見出しが連日のように踊り、そもそも造りすぎとか無駄空港などと指摘されることもよく目にするようになった。

しかし、今年1月から来年3月までの間に旅客便がすべて廃止される予定となっている空港をよく見てみると、少し事情が違うことに気がつく

実は、JALが去った空港は多いのだが、その他の航空会社が飛んでいる空港が多数残っていて、旅客便がすべてなくなる空港は広島西と粟国しかないのだ。
広島西はJACが10月末、粟国はFFCが9月15日にそれぞれ撤退、後継会社がないため旅客便運航が終了する。一方JALやANA撤退などで騒がれた丘珠、名古屋、松本などは旅客便の一部は消えるものの、代わりに別の航空会社が運航することになるなどして全便撤退ではないのが、今回の路線廃止の特徴になっている。

※粟国は9月13日に運航継続が決定。旅客便廃止が回避された。

今回の」と書いたのだが、実は空港から旅客便が消えるという騒動は、実は平成22年前後に初めて起こったことではない。
日本の航空業界は誕生から路線廃止・誕生は日常茶飯事で、あげればきりがない。ただこれまでは空港から旅客便がすべて消えるということがあまりなかったから、クローズアップされていなかっただけなのだ。

近々の空港撤退騒ぎは平成15年から平成20年にかけてにあった。ところがこの時はあまり話題にならなかった。
その理由は至極単純で、このとき廃止された路線が年間利用者が極少の離島路線で、運航していたのも小さな地域航空会社ばかりだったからだ。

平成15年から平成20年にかけて旅客便が全便廃止になった空港を具体的にあげると、礼文(平成15年3月)、佐渡(平成20年9月)、小値賀、上五島(平成18年3月)、伊江島、波照間(平成20年11月)と6つもある。このほか奥尻と粟国では運航会社がそっくり変わった。いずれも運航会社は小さな航空会社だ。

これらの空港の問題は、その離島にとっては死活問題だし、空港数から言ったら平成22年の大騒ぎの状況より深刻な事態なのだが、多くの国内線ユーザーには関係なく、メディアも大々的に取り上げるところはなかった。ようはそもそも人々の関心が向いていず、今回はJALという巨大企業がつぶれた結果クローズアップされているというわけだ。
今から思い返せば平成18年位までに、離島航路を維持できない日本の航空業界は問題山積みでJAL破綻も予想できたのではないかと思うのだが、専門家ですらそれを指摘する人はいなかったのだから、なんとも予想は難しい。
ちなみに平成22年8月末現在旅客便の飛んでいない空港は、98空港中13空港ある(礼文、佐渡、福井、小値賀、上五島、慶良間、伊江島、下地島、波照間、岡南、大分県央、枕崎、八尾)。平成15年から平成20年にかけてで旅客便が全便廃止となった空港は実に40%以上にも当たるのだから当時もっと驚かれても良かったのだが、JALがつぶれるまでついぞ日本の航空政策にはらむ危険性を指摘する人はいなかった。

そんな流れの中での今回の実質休港。当然といえば当然の流れとも言えるのだ。


広島西の特殊事情
今回は、訪問した広島西を少し取り上げてみたい。

注目の路線は、平成22年10月末をもってJACの鹿児島便・宮崎便が運休となり、ついに全定期旅客便が廃止となることになっている。
広島空港は昭和36年に開港した歴史がある飛行場だ。元々は広島空港として運営されており、中国地方の玄関空港だった。平成5年に県西部に新しい広島空港が出来て大部分の路線が移転。同時に県営化され、短距離を中心としたコミューター空港として再出発した。フェアリンクなども飛んでいたものの、徐々に路線休止が相次ぎ最終的に2路線1日4便となった。平成11年度に8850回あった着陸回数は毎年減り続けて平成20年には4713回と半減。乗降客数も平成14年の125833人をピークに減少傾向が続いていて平成20年には57908人と6万人を切っている。

運営は当然のように赤字
広島市は羽田便を復活すべしと運動をつづけているのだが、広島県は毎年5億円も補助金を出しているそうで維持できないと音をあげていた。

実はこの空港、空港前を通るバスは日中10分未満の間隔で運行されていて交通の便は抜群。日本の中でも五指に入ると言っても過言ではないほどかなりアクセスが便利な空港だ。
それでも利用者が少ないのは、便数が少ないからに他ならない。(というか、利用者が少ないから便数が少ないのか、、、)

伊丹と関空の関係で、「関空はアクセス不便だから皆伊丹利用するじゃろがボケ」という人は非常に多いのだが、広島と広島西の関係を見る限りでは、この理論はまったく当てはまらないように見える。

広島西の大きな欠点は、滑走路が1800メートルやや短いという点で、有効に活用できないというのが実状なのだ。必然的に飛べる飛行機は小型のプロペラ機が中心(A300-600Rなら飛べるはず)。おかげで時短効果は小さく、乗り心地もいまいちだし、本当に利用したい繁忙期は予約はとりづらいとマイナス面ばかりが出てきてしまう。しかも運航会社がマイナーだから知名度不足という致命傷まで抱え、いつしか減便が続いていった。

だったら滑走路を延ばして大きな機体が飛べるようにすればいいじゃん。といいたいところなのだが、この空港の北側には広島南道路が横切る計画があり、今以上に滑走路長が短くなる(1360メートル化)予定となっている。
南側は海に面しているのでそちらになら延長ができそうだが、北側が道路開通でカットされると2000メートル滑走路ですら1キロ近く埋め立てが必要で非現実的。
また国も広島県も、広島市から遠く離れた山中に広島空港を造ってしまったものだから、西空港にお金を出すことなど絶対的に無理。仮に延長が実現したとしても、広島空港への配慮から、関空・神戸、中部・名古屋の関係同様に運用制限がかかる可能性は高く、最高立地のこの空港を活用できるかは未知数だ。
そもそも、今回、JALグループが丘珠、名古屋、神戸、広島西とセカンダリー空港から一気に撤退したのは、新千歳・中部・関空・広島に集約させたい国が再生費用を出すにあたり要求したのではと良からぬ噂も立つほどだから、運航する会社が再び出てくるとは考えにくい状態。

比較的近い位置にある岩国飛行場が旅客化されることも決定しており、広島西からはこのまま旅客便が消え去ることが確実視されている。
もっとも空港自体は警察や消防のヘリ部隊などが活動拠点にしており、廃港はなさそう。岡南のように細々と運営を続けていくことになりそうだ。

こうしてみてみると、JAL撤退で話題となって無駄空港として指摘を受けながらも、広島西飛行場は特殊な事情が絡んでいることがよく分かる。





JALがつぶれて空港廃港危機が勃発したおかげで、日本の航空行政が変な方向に行っていたことを認識できたのは大きな利点。航空会社側は不採算路線しか運航できない空港からは撤退したがるでしょうから今後も広島西と同じような空港はまだまだ出てくるかもしれません。それが市場の原理であれば、仕方がないこと。今後は路線が採算に乗るよう客を呼べる空港活用をしていくことが求められるようになってくる気がします。

時間をやりくりして乗りおさめに行く中で、日本全体で空港の活用を考えねばならないことを改めて認識することになった今回の旅。一つでも多くの空港が活用できることを願いつつ〆たいと思います。


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posted by johokotu at 12:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆旅行記 | 更新情報をチェックする
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