2008年08月23日

中日本から北東北へ(2日目)

※この旅行記は2011年12月にアップした旅行記です。


■2008.08.23 →名古屋→秋田→大館能代→(花巻市内)?

時間つぶしに空港周辺散策
2日目、といっても実質初日の今日はムーンライトながらの車中からスタートだ。
昨晩横浜から乗り、すぐに眠りについたものの、ウロチョロしている客が多い列車で、中途半端な眠りのまま、金山駅に6時過ぎに到着した。
金山駅からは中央本線で大曽根駅まで行き、地下鉄名城線、名鉄小牧線と乗り継いで味美駅まで行く。味美駅からは30分ほど歩いて名古屋飛行場へアクセスした。
本当は金山駅付近で朝食を取りたかったのだが、名古屋飛行場の見学時間を確保するため、そのまま直行。乗り継ぎが比較的うまく行き、味美駅には7時前には到着できた。

味美駅は名古屋飛行場の南端近くにある。駅前からは空港ターミナルを経由するバスが出ているのだが、乗る航空便までまだまだ時間があるのと、朝早くてバス便がないので、南端付近にある公園に寄りつつ歩いていくことにしていた。
駅から飛行場南端までは歩いて10分ほど。南端には味美上ノ町ちびっ子広場という小さな公園とやすらぎの園という小高い人工丘のようなものがあった。さらにその西側にはエアーフロントオアシスという公園もあり、空港周辺の緩衝帯は、空港関連施設以外では公園ぐらいにしか使い道はないということを示しているようだった。

※やすらぎの園これは中華航空機事故の慰霊碑で、一般人の立ち入りは禁止されていた。事故は私もテレビで映像を見た記憶があり、結構最近の出来事だったと思っていたが、平成6年の発生だからもう14年も前のことだった。月日が経つのは早いものだ。


オアシスから滑走路を撮影したあとは北西側へと向かい、ターミナルをめざした。

ターミナルに行く途中、滑走路に面した場所に大規模な建物が建設中だった。遠目に眺めてみたら、側面に店名がすでに付けられていて「AIRPORT WALK」と書かれていた。
実はこの建物、セントレア開業まで国際線ターミナルとして使われていたものだ。移転後長く有効活用されてこなかったのだが、商業施設として再利用するため、工事している真っ最中なのだそうだ。ターミナルの前面だったところで多くの建設重機が動いているのが見えた。

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名古屋空港南側の入口付近から。旧国際線ターミナルを利用した商業施設は工事中だった。


この工事現場脇を過ぎたら、空港区画内に入れたのだが、しばらくは航空会社事務所棟や空港事務所などの建物が続くエリアで、旅客ターミナルまでは少し歩かなければならなかった。セントレア移転前は国内線と国際線間の移動はちょっと距離があったということになる。

現在使われている旅客ターミナルは、セントレア移転前からずっと使われているターミナルだ。このため結構大きなターミナルなのだが、セントレア移転後はたいして便が飛んでないから、一階のごく一部だけしか開放していない。ターミナルに着いたら、まずはロビーをじっくり見ようと思っていたのだが、ロビーはごくごく狭い範囲でしかなく、あっという間に見学が終わってしまった。
時刻は8時で、10時の出発までまだまだ時間がある。さてどうしようかと案内所に行ったら、ターミナル区域の北側にある航空館boonのパンフがあった。神明公園という場所にあるらしく、地図で確認する限り徒歩20分位の距離のようだ。行って見学して戻ってもせいぜい一時間位だろうから、さっそく行くことにした。

神明公園までは歩いて30分ほどだった。20分ほど行けると思っていたのだが、ターミナルの北側には三菱重工の工場があり、まず西側の空港入口まで行き、工場をコの字にまくように歩かねばならなかったため、予想以上に時間がかかった。しかも途中から小雨が降り始め、公園に着いたときには降り方がやや強くなってしまっていた。ここに追い打ちをかけたのは航空館boon。なんと朝早すぎたためにまだ開館前で、公園の高台から滑走路を眺められただけの訪問となってしまった。で、時間もないので、ちょうど飛んだ飛行機を雨で霞むの中撮影しただけで、すぐにターミナルへと戻ることになってしまった。


結局雨にぬれるコンコース
ターミナルに戻ったら9時過ぎ。そそくさとセキュリティをくぐってゲート内に入り込んだものの、入った直後は誰もおらず、ビジネスマンが多いのか、搭乗者が集まったのは結構ぎりぎりになってからだった。

この空港はかつては搭乗口が2階にあり、搭乗橋を渡っての搭乗だった。だが、現在は小型機のみによる運航で搭乗橋が使えないから、いつのまにやら橋は撤去されてしまい、地上出入りの形になった。ここで新たに出来たのがフィンガーコンコースと呼ばれる施設で、今回はそれを見る、というのが第一の目的だった。
実際どんなものかとわくわくしながら改札を通過したのだが、簡単に言えば、フィンガーコンコースは、エプロンに屋根を設置しただけのものだった。搭乗用固定屋根といった感じだろうか。
面白かったのは各搭乗口の改札で、建物を出るときにある以外に、コンコース内部にも改札があった。メインはコンコース内部の方で、建物を出るときは券があるかないかだけのチェックがあり、コンコース内で本格的なチェックが行なわれていた。搭乗者からしてみると、建物を出るときとコンコースを出るときの二回搭乗券を見せなければならないデメリットがあり、なんとも無駄が多い施設といった感じだった。
しかも、コンコース内の改札から飛行機までの間は屋根がなく、雨天時は結局傘をささなければならないものだった。今回はさっき降っていた雨は、降っているのかいないのか分からないぐらい小降りになっていたので助かったが、本降りだったら傘をさしての搭乗となるところだった。

今回乗る飛行機はジェイエアの小型機材。搭乗者数は多くなかったものの、改札口が一口しかないから、コンコース内に列ができるほど。機内はほぼ満席でビジネスユースが多くありそうだった。
窓側で翼の後ろ側のベストな席を確保したものの、ずっと曇り空で地上の景色を楽しむことはできなかった。

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地上搭乗中に振り返って撮った写真。コンコースと飛行機の間は結構距離があり、雨の日は当然のように濡れてしまう。


八郎潟を突っ走る (秋田県初訪問)
秋田空港にはほぼ定刻に到着した。建物は移転開港時から使う結構古いものだったが、7月に展示室「空(CUU)」が新たにオープンするなどリニューアルも実施されていた。面白かったのは売店で、名産より、ご当地戦隊のネイガーグッズや秋田国体のキャラクターすぎっちグッズなどが大々的に売り出されていた。勝手に、東北の人はなんとなく内気な人が多いイメージだったのだが、秋田はおもろい人が多いのかもしれない。
今日はあとは大館能代空港に行くだけだからまだ時間があるし、空港をひと通り見て回ってからレンタカーを借り、午後1時過ぎに大館能代空港に向けて走りだした。

大館能代空港までは山間部を抜けていくのが近そうなのだが、今日は秋田市の日本海沿いにある旧秋田空港跡地に寄るつもりでいたので、一度日本海側に出てのアクセスになった。
旧秋田空港跡地には小一時間かかった。現在跡地の大部分は更地になっているものの、細長い区画が斜めに続いているので、滑走路の形が分かる。国道のバイパスが横切っており、そこに面した旧エプロン部分でなにやら展示会が行われていた。

200808003.jpg
旧空港の滑走路跡地。大部分は活用されておらず、まだただの更地。現在の位置に移転したのが昭和56年なので、実に26年も前の遺物なのだが、滑走路表面の文字などはまだまだ健在だった。


ここからは北上して大館能代に向かうのだが、途中に日本一の干拓村である大潟村があるので、少しルートから外れるものの寄ってから行くことにした。
大潟村は日本第二位の湖だった八郎潟に造成した干拓地だ。現在は湖のほとんどが干拓地となり、それを囲むように輪型の湖が、言ってみれば外輪湖のように残っているだけになっている。旧秋田空港からは五城目まで高速をすっ飛ばし、約一時間で外輪湖を渡った。

日本有数の米どころとして知られるようになった大潟村。どんなところか、わくわくしながら村に入ったら、一直線の道路に沿って一部に木があるものの、ほぼ一面が田園地帯で、とにかく大スケールの場所だった。
本当は村の干拓記念館に寄り、男鹿半島の先まで行きたかったのだが、時間が足りないので断念。干拓地のほぼ中央にある経緯度交会点だけは行くことにし、途中道路沿いにあった日本一低い山とPRされていた大潟富士に寄った以外は先を急いだ。
経緯度交会点は、北緯40度と東経140度が交わる地点だ。緯度と経度なんてどこだって交わっていて、GPSで表示できるけど、下1桁が0の緯度と経度が陸上で交わっているのは日本では唯一ここだけだ。干拓されなければ船で行くしか到達できなかったんだから、見そびれるわけにはいかない。

ところが、これがまた行きにくいところにあった。

カーナビ設定し、近くまで来たら、なぜか少し離れた道村大川線を延々西進走行するルートが出て、コの字に数キロ遠回りするよう指示が出たのだ。拡大図で走行していたからはじめは気が付かなかったのだが、画面右方向に経緯度交会点の表示が出たのにナビは直進を示すので、???とかなり混乱する事態になった。
経緯度交会点の表示が出た際、道路の右側は道路に沿って防風林が続いているためよく見えなかったのだが、ちょうどナビが真横に来たとき、木々の向こうになんとなく記念碑みたいなものが見えた。こっちは運転中だから集中は出来ないものの、なんとなくそれらしい。ナビが壊れているのかと思っていたら、いつまで経っても右折路が現われないのだ。結局ナビの誘導どおり、数キロ先の曲がり角で右折、さらに少し走って右折。最後のアクセス路は数キロ砂利道で、やっと到着できた。

やっと到達した経緯度交会点には、やはりさっきちらっと見えたモニュメントが立っていた。あたりは一面たんぼ地帯で、観光客など皆無。めずらしい経緯度交会点の到達はなんとも寂しいものになった。

経緯度交会点を出た後は、ちょうど東北東側にある道の駅ことおかに寄りつつ大館能代空港に向かいたかったので、東進して中央幹線排水路脇の道を北東進して県道54号線に出ようと思っていた。
ところが、目的地を大館能代空港に設定したらなぜか来た道を戻る、まずは西進するルートが出た。手持ちの地図だと明らかに直接東進したほうが近いのに、カーナビは、行って帰ってくるだけで単純に10キ近くは多く走行しなくてはならなくなる無駄が多いルートを指す。経緯度交会点より東側は道が少し狭いせいだろうか、それともこのカーナビは壊れているのだろうか。なんだかよく分からないが、遠回りにならないよう、ナビに反して東進しはじめることにした。
ところがである。なんと、近道だと思っていたこのルート、大通りに出る直前に小さな排水路があり、実質行き止まりになっていたのだ。全力疾走して飛べば簡単に越えられそうな小さな排水路なのだが、車では無理。目の前に行きたい道があるのに、行き止まり地点から戻らざるを得なくなり、結局遠回りしなくてはならなくなってしまった。

ここまで来て初めて気が付いたのだが、経緯度交会点があるあたりの区画は約10キロ四方ほどの広さで排水路に取り囲まれていて橋がある西か南からしか行き来できなかったのだ。結局ナビの指示どおり進んだのが一番近い行き方だった。村の記念館にも寄れないほど時間がないのに、そんな罠みたいな道にはまってしまったから、結局大潟村から出たのは16時頃になってしまった。

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経緯度交会点にあったモニュメント。田んぼの中心に、誰もいない空間が広がり、そこに大スケールの世界地図があった。


山間部の大渋滞、、、 
大潟村を出た後、五城目を経由して五城目街道を北東進する形になった。山を抜ける道なのだが、秋田市側からは一番ショートカットで、車もそれなりに多い道だった。

大館能代空港には17時頃に到着。この空港は盆地型の空港なのだが、周囲は台地になっていて広々とした感じがするものだった。平成の空港らしく、周囲に広い緩衝帯があり、公園なども整備されていた。
ただ航空便は1日2往復。館内はかなり閑散としていて、暗くなってきた夕焼け空の下でさびしい感じになっていた。
そういえば、大館出身の知り合いも「大館能代空港は便数が少ないから、帰るときは秋田空港か秋田新幹線だね」と残念なことを話していたのを思い出してしまった。

※この空港は、大館と能代という二都市が入ったけっこうめずらしい名前をしている。両都市は秋田県北部の主要二都市で、その中間にあるからそんな名前になったのだが、それでは分からないと思ったのか、開港直前にあきた北空港という別称が付いた。一般的には大館能代が使われているのだが、ターミナルに掲げられた名称と入り口の碑の名称がばらばらだったり、売店の袋にはあきた北が付いてたりするなどやや統一感がない空港だった。

200808005.jpg
周囲が広い公園になっていた大館能代空港の看板。飛行機はほとんどやって来ない。


時刻はすでに18時過ぎだが、今日は花巻近くの道の駅まで移動したい。東進すれば東北道も近いが、高速代をケチって一般道で行くことにした。花巻まで距離は300キロ位だから、ゆっくり走っても日付が変わるくらいには着けるだろう。
空港を出た後は、秋田縦貫線とほぼ並走する国道105号線を南下した。途中、道の駅阿仁に寄ったら、道から少し外れるが近くに温泉があるというので、閉店間際に寄り道。その近くに阿仁マタギ駅という珍しい名前の駅があったので寄ってみたものの、終電が終わってしまったのか、街灯もないので真っ暗闇だった。

時間もあまりないのでそれ以外はひたすら先を急いだ。
それにしても、この山間ルートは街灯が少ない。そんなに遅い時刻でもないのだが、通る車も少ないし、なにより街がない。真っ暗な中寂しいドライブとなった。

花巻までの行程の半分くらいの場所にある田沢湖の脇を抜けたのが22時位。ここからは盛岡へ向けて仙岩国道を東進する。
温泉に寄ったこともあり、意外と時間がかかってしまったので、このまま進むと花巻到着は24時頃になりそう。しかたがないので、今晩中の花巻入りはあきらめ、盛岡ぐらいまでは抜けておいて、盛岡辺りで夜を明かそうと考え直しはじめた。
ところが、田沢湖までの山越えルートでは全然車がいなかったのだが、この国道に入ったら、秋田と盛岡を結ぶメインルートだからか、結構車が多くなり、徐々に渋滞になってしまった。岩手県との境目にある仙岩トンネルを越えたときには早くも日付が変わろうとするぐらいのノロノロ。

これは大誤算だった。

メイン国道とは言え、こんな深夜の時間帯に大渋滞とは何か変だ。事故でも起こってるのだろうか。
そろそろ居眠り運転が恐い頃だし、目標にしていた花巻まではまだまだ到達できないから、峠を越えたところにある道の駅雫石あねっこで朝まで過ごすことにした。
道の駅雫石には0時過ぎに到着。着いたら、そこは深夜とは思えないほどの大混雑だった。観光バスが多数停まり、なぜか屋台が出まくり。老若男女が集まっていてトイレに入るのも大行列だった。
いったい何が起こっているのか分からなかったのだが、観光バスの前面に「大曲花火」の文字が見えてすぐに納得した。

大規模で有名な大曲花火大会帰りの渋滞にブチあたっていたのだ。

大曲から盛岡へ抜けるには仙岩国道が最適。だから田沢湖を過ぎてから盛岡へ戻る車で大渋滞が起こっていたのだ。
ただこれよりさらに車を走らせると簡単に事故りそう。この道の駅で今晩は就寝することにした。





■今日の教訓!

[名古屋]搭乗時雨に濡れます!←屋根は最後までありません
[大潟村]排水路には要注意!←橋がほとんどありません
イベント渋滞には要注意!←夏場は花火大会がポイント




■実際の旅程

08/23 SAT
(JR東海道本線・快速ムーンライトながら号)→06:02金山駅
金山駅06:15(JR中央本線)→06:20大曽根駅
大曽根駅06:30(市営地下鉄名城線)→06:40平安通駅
平安通駅06:45(名鉄小牧線)→07:00味美駅
味美駅07:00(徒歩)→07:40[名古屋飛行場]
[名古屋飛行場]10:00(JAL4313便)→11:10[秋田空港]
[秋田空港]13:00(レンタカー)→13:45旧秋田空港跡地
旧秋田空港跡地14:00(レンタカー)→15:00大潟村
大潟村15:45(レンタカー)→16:00道の駅五城目
道の駅五城目16:00(レンタカー)→16:30道の駅かみこあに
道の駅かみこあに16:30(レンタカー)→17:00[大館能代空港]
[大館能代空港]18:30(レンタカー)→19:30道の駅阿仁
道の駅阿仁19:30(レンタカー)→20:00阿仁温泉マタギの湯
阿仁温泉20:30(レンタカー)→24:00道の駅雫石あねっこ
(車中 泊)


posted by johokotu at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆旅行記 | 更新情報をチェックする
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