※この旅行記は2012年12月にアップした旅行記です。
■2012.11.23 (東京)→三宅島→東京国際
■火山の島、早朝に動き出す
三宅島には午前5時の到着。
船内ではかなりの爆睡だったようで、到着が近づいた放送が入ってから目覚め、少し焦ってしまった。パッパと出る準備を済ませてデッキに出てみると、外はまだ真っ暗だった。風が結構強く、船は結構揺れていた。
着いたのは、島西側の錆ヶ浜港だった。
心配だった雨は、傘をささなくていい程度の小雨しか降っておらず、天気はなんとかなりそうな感じだ。三宅島は、即ガスマスクを着けなければならない大変な島なのかと思っていたのだが、硫黄臭はまったくなく、普通の島への上陸だった。
※三宅島で着岸する港は西側の錆ヶ浜の他に、東側の三池、北西側の伊ケ谷がある。三池は噴火前の島の中心地、錆ヶ浜は現在のメイン集落である阿古にある。三池がベースのようなのだが、三池は坪田高濃度地区にあり長居はできない。どこになるかは風向き次第で、今回のように東寄りの風の場合は錆ヶ浜のことが多いようだ。飛行機は東寄りの風のときに飛びやすいので、島の人も「錆(=錆ヶ浜のこと)のときは飛行機飛ぶことが多い」と話していた。
錆ヶ浜港の岸壁は港の先に細長く延びていて、下船してから待合所までは結構歩かされた。
岸壁の付け根に村営バスが停まり、ちょっとした人だかりが出来ていたので、予約したレンタカーの人がいないか探したものの、なぜか見当たらない。送迎が遅れているかもしれないが、小雨と強風で寒かったので、ひとまず待合所に避難しようとさらに歩くことにした。
岸壁の付け根から待合所まではちょっとした上り坂。登りきったら、そこにまた人だかりがあって、送迎車が待っていた。
※錆ヶ浜港は、待合所の脇、岸壁への入口にゲートがあって一般車は入れないようになっていた(開けっ放しなので入ろうと思えば入れないことはないけど)。これは三池港も同じだった。送迎を受ける人は不安にならずに街の方まで歩いていこう。
船の到着にあわせて島を半周する路線バスが運行されていた。真っ暗な早朝五時から運行とはすばらしい配慮だ。それにしても真っ暗。
早朝から送迎・貸出をしてくれた、今回のレンタカー(コスモレンタカー)は南大東島以来2回目となる有料送迎だった(往復1500円)。店は島南東部の空港近くにあるため、錆ヶ浜港からだと約20分かけての送迎になる。距離にして10キロ以上あり、有料化したくなる気持ちは分からないでもないが、ちょっとビックリだった。
わざわざ早朝から開けてくれた店舗で手続きを済ませ、5時半には島めぐりをスタートした。
早朝からの走りはじめ。今回は昼過ぎに空港に着ければ良かったのでかなりの余裕がある。都内にあるのになかなか来られない離島だから、11時にヘリポートでの定期便発着だけは見落とさずに、時間があるかぎり島を観光するつもりだった。
三宅島は噴火が続いていることもあり、メイン観光地は自然景観だ。開館時間に左右されるハコモノはあまりないので、訪問時刻をあまり気にしなくていいのが良いところだった。ただ、日の出まではまだ一時間位あって暗くて見てまわれない。坪田地区は坪田高濃度地区に近いうえ、車を停めておけそうな場所がなかったので、ひとまず錆ヶ浜港へ引き返し、そこで日の出まで待つことにした。
6時前に錆ヶ浜に戻って駐車スペースに車を停め、そのまま日が出るまで車中でウツラウツラしながら過ごした。
6時半を過ぎて外が明るくなってきたので、そろそろ動きだすかと思ったら、結構雨が強くなっていた。
日頃の行いが良くないせいか、こういう時は天気が悪い方に当たる。神津島、八丈島に続く雨模様で、なんだか伊豆諸島は天気が悪い印象しかない。真っ暗な時はあまり雨が降ってなかったのに、お天道様はやっぱりいじわるだった。
それでもせっかく来た離島だし、とにかく観光を開始することにした。
■火山の島、黒い世界を体感
まず向かったのは阿古集落跡だ。錆ヶ浜から車でほんの数分、港からも見えるところにある噴火遺産で、火山体験遊歩道が整備されていた。すべてが火山の噴出物で覆い尽くされた跡地でいきなり火山の脅威を見せ付けられた。
※阿古集落跡の火砕流は昭和58年の噴火でできたものだ。西に向かって流れだした火砕流が海近くまで達し、辺りは一面火山噴出物で覆われてしまった。この地区は、温泉で賑わっていた阿古集落があったそうで、火砕流は集落の大部分を飲み込んだそうだ。わざわざ長時間をかけてポンペイまで噴火遺産を見に行く人は多いが、東京から一時間以内にも似たようなところがあったとは、、、。
阿古を高台から見た様子。とにかく一面が黒い世界だった。流れを止める防波堤となった坪田小、坪田中の校舎が埋もれたまま残されていて、噴火のすさまじさを物語っていた。
阿古からは一周道路を北上。
伊ケ谷港、伊豆灯台と寄りながら、三宅村場外離着陸場(三宅島ヘリポート)へと向かった。三宅一周道路沿いだけでもかなりの頻度で観光スポットを示す看板が立っていて、三宅島は見所がかなり多い印象だった。
ヘリポートは島の北側にある。11時過ぎの定期便発着時に行くつもりでいたので、いまは必ずしも寄る必要はなかった。しかし、このあとは島の南側を中心に見学しようと考えていたので、ヘリ便が雨で欠航になったら戻ってくるのは効率が悪い。通過ついでに寄り道し、ひととおりの撮影だけは済ませた。
島北部の伊豆地区は、近年の噴火では火砕流の被害を受けていない地域で、警察署や東京都の三宅支庁もあるなど、ちょっとした官庁街になっていた。もうひとつのレンタカー屋(三宅島交通)があるのもこの地区で、坪田、阿古と並ぶお街になっている。
この地区には、伊豆半島で最も古い建物である島役所跡があり、周囲には石垣が目を引く集落が広がっていた。
火山遺産だけの島かと思っていたが、自然遺産だけでなく建築的にも楽しむことが出来たのは、ちょっと得した気分だった。
■火山の島、無人の街に驚き
伊豆地区を過ぎると島の東側になり、三宅一周道路も南に向きを変える。
南下する途中でまずは火の山展望台に寄り道した。
ここまでほぼ三宅一周道路に沿って島を回ってきたが、この展望台は少し山を登ったところにある。展望台は坪田高濃度地区と境目の道を登っていった先にあった。やっと辿り着いた場所は、眺めがいい広場だったのだが、周囲の木々は枯れていて、噴火の影響が強く感じられた。風景を楽しむために展望台へやってきたのだが、風雨が強くあまり目を開けていられない。結局早々に退散し山を下りることになってしまった。
展望台からふもとへおりたあとは、坪田高濃度地区の手前にあった椎取神社に参拝した。
この神社、周囲の木が枯れているだけの普通の神社かと思っていたのだが、よくよく見たら鳥居がほぼすべて泥流で埋まってしまった神社だった。
枯れた木々と鳥居を埋めた泥流は、すべてが噴火で変わってしまっている三宅島ならではの異様な光景だった。
埋まってしまった鳥居と社殿(左奥)。右奥に写っているのが新設された社殿だ。平成12年の噴火で埋もれ、周囲の木々も枯れてしまったのだという。
浅間山で似たようなところがあるのは聞いたことがあるが、噴火したのはずいぶん昔の話。まさかつい最近三宅島でそんなところができていたなんて驚きだった。
新幹線で1時間かけて軽井沢まで浅間山の噴火遺産を見に行く人は多いが、飛行機で40分の三宅島にも似たようなところがあったとは、、、。
噴火のすごさを改めて体感したあとは、そのまま坪田高濃度地区へ突入した。
三宅島の中で唯一残る高濃度地区が坪田高濃度地区だ。木々が枯れ、火砕流によって裸の山も見られるこの地区は、年平均で火山ガスが高濃度の日が多いことから、原則立入禁止の地域になっている。通過だけは認められているので、そそくさと車で通過するつもりだった。
だが、三宅一周道路を走らせていると、なんでか説明看板の立っている観光地がチラホラ。通過はしたものの、寄り道する場所は点在しているようだった。
三池港周辺はもともと村役場もあった島のメイン集落だったそうだが、今は居住が許されていないので、人が全く見られない。朽ちた家と枯れた木々が目を引いた。
居住者がいない高濃度地区を通り過ぎ、高濃度地区が終わってすぐに空港があった。
■火山の島、ついに最後の空港に
三宅島空港に到達したことで、いまある国内の全空港への訪問が完了した。すでに廃止された弟子屈、広島西を含めて99空港目の訪問だ(飛行場や場外離着陸場を含めるとすでに100を超えている)。
残念ながら風雨が強く、全空港到達の余韻に浸ってる余裕がない。強風で傘が飛んでいかないように支えるのに精一杯で、外回りの撮影がなかなかうまくいかない状態だった。せっかく全空港に到達したのになんとも残念。
なんとか外回りを撮影して中に入ったら、事務室部分が広いのか、ロビーはかなり狭いターミナルで、ちょうど粟国とどっこいどっこいな感じだった。
それもそのはず、このターミナルは暫定として建てられたものだった。
※もともと三宅島空港のターミナルは現在地よりも北側にあった。ところが、平成12年の噴火後、ターミナルはわずかながら坪田高濃度地区にかかってしまったため、使用できなくなってしまった。そこで高濃度地区から外れた少し南側の現在地に暫定ターミナルができていた。暫定ターミナルはあくまで暫定だから、必要最低限の施設しかなく、売店も飲食店もない小さなものだった。噴火がおさまれば、元に戻るつもりだったようなのだ。だが、暫定とは言っても脱硫装置も付いている本格的な建物。数年経っても噴火はおさまらず、結局、劣化した元のターミナルは取り壊されてしまい、暫定ターミナルが本設みたいになってしまっていた。
窓口に行くと、搭乗予定便の運航はまだ「天候調査中」になっていた。
傘が飛びそうな強風だし、雨はまだ降っているし、当然といえば当然の状態だ。ただ、最新の天気予報を見ると、13時は晴れる予報だったから、運航しても良さそう。運航に迷っているのはプロペラ機だからだろうか。窓口で聞くと、運航の決定は11時になるとのこと。それまでは運航可否を気にせず島をグルグルするしかない。
今回は、昨日予約した際に座席指定ができなかったので、窓口で指定をするつもりだった。せっかく窓口に寄ったので、とりあえず指定だけ済ませることにした。
出発までまだ4時間もある。館内には客は誰もおらず、一番乗りな感じ。座席も選びたい放題かと思ったら、なんと窓側はほとんど埋まってしまっていて、眼下が楽しめない翼横になってしまった。
※離島便は飛行機が小さく、重量を均一化するため、事前に座席指定できないことが多い。今回の三宅島便もまさにそうだったのだが、ANAの場合は当日になるとネットで行えるようになるようだった。窓口でないと指定できないと勘違いしていたから、好きな席を選べずに出遅れてしまった。
いよいよ最後の空港、三宅島空港ターミナルへ。奥の建物が暫定ターミナルだ。
■火山の島、鳥の島だった
空港訪問で目的はとりあえず達成。
あとは13時位までに再び空港に戻ればいいので、空港を出た後は引き続きの南下をはじめた。
空港を出て5分も走らずに、今朝車を借りたレンタカー屋を通過。これで島を一周したことになる。
そのまま南部にあるアカコッコ館へと向かった。
アカコッコ館は、島でほぼ唯一と言っていい有料の観光どころだ。
今回島めぐりを錆ヶ浜から時計まわりにしたのは、ここが9時開館だったから。もしも反時計まわりにまわっていたら7時とか8時位にアカコッコ館に着くことになり、時間が無駄になっていた。島をまわるのに意外と時間を食ってしまい、結局10時に到着となったが、ちょうどよい時間配分だろう。
アカコッコ館に行く前に、すぐ裏にある大路池に寄り道した。しっかりとした看板で案内が出ていたので安心して行ったのだが、桟橋までの道は未舗装路で、朝からの雨で水溜りだらけだった。しかも、狭い道をしばらく進んだところでバンの対向車に遭遇。自分が通ってきた道には広いところはずいぶん戻らないとなかったのだが、バンがソロソロ進んでくるので、わずかに広いところまで悪路を結構長い距離バックする羽目になってしまった(離合後先に進んだら、ちょっと進んだところに幅広空間があり、離合時はバックしたほうが負けだということを実感したんだけど)。
大路池を見たあとは来た道を戻ってアカコッコ館へ。今日初めて入場料を払っての見学だった。
アカコッコ館では、島の自然や野鳥を説明する展示がたくさん。三宅島が鳥の島だということは知らなかったが、伊豆諸島の中でも種類が多い島なのだそうだ。学芸員が島のことや鳥のことを詳しく説明してくれたのだが、鳥があまりいない季節なうえ、あいにくの雨で、「今日は鳥を見るのはあまり期待できない」とのことだった。
※アカコッコの鳥の種名だ。伊豆諸島では結構メジャーな鳥らしく、八丈島空港のレストランにもこの名が付いている。ANAが三宅島で進めている植林事業でも「アカコッコの森」と使われている。
伊豆諸島最大の淡水湖である大路池。約2000年前の噴火の火口にできたものなのだそうだ。鳥のさえずる美しい池らしいのだが、風雨で寒く、ゆっくりしていられなかった。
■火山の島、ヘリポートに踏切
アカコッコ館を出たのは10時半だった。
このあとは11時に北端のヘリポートでヘリ便の発着を見たあと、12時に島東部で車を返却する流れだ。アカコッコ館は島の南端にあるから、北端のヘリポートまでは30分位かかる。時間が結構ギリギリなので、ヘリポートへ直行することにした。
アカコッコ館から少し西にある新澪池跡を見れば、島のだいたいの名所は見終わるのだが、時計まわりだと少し距離が長く、ヘリの着発に間に合わない可能性がある。新澪池跡はあきらめ、今来た道を戻る形で反時計まわりにヘリポートへ行くことにした。
ヘリポートに着くまで雨は強くなったり弱くなったり。着いても雨は依然として止む気配がなく、空は低い雲が覆っていた。予報だともう少したてば晴れるのだが、風も強く運航するのか不安な状態だ。受付に聞くと「条件付きだが15分遅れの11時20分くらいに着く予定」とのことだったので、約30分間車の中で待つことになった。
待ち時間は長かったが、待っている間に徐々に雨が弱くなり、強風だけが気になる天気に変わっていた。
ヘリは11時20分過ぎに到着した。
このヘリポートは、三宅島空港の北半分が坪田高濃度地区になったことから、伊豆地区の高台にあった作業用ヘリポートを再整備して使っている。すぐ脇には避難施設があり、昼間から車の出入が結構あった。
だが、暫定のつもりでつくったせいで土地がなかったのか、ヘリパットは唯一のアクセス道路に直結していて、ヘリの離着陸時は道を通行止にする措置がとられていた(歩道は通行可能)。横に長い飛行場に踏切があるのは時々聞くけど、小さくて済むヘリポートに踏切があるのは結構珍しい。閉鎖時間は10分程度が1日2回だから、普段は待つ車なんていないんだろうが、今日はヘリが遅延したせいか、入口前で車が三台も長時間待たされていた。
やってきたヘリ。多少の強風なら就航できるそうで、伊豆諸島の足としてかなり信頼されている交通機関だ。三宅島への到着客はおらず、下ろされたのは荷物だけ。一人が大島へ向け出発していった。いつの間にか遠くに島が見える天気になってきた。
■火山の島、航空便は視界不良
ヘリを見送ったらすでに11時半になっていた。
小雨になりつつあるし、ヘリポートから見ると海の向こうに島も見えはじめてきたのだが、やや風が強い。飛行機が飛ぶかはやや微妙な感じだ。
飛行機が飛ばないときに船が時間どおりでないと困るので、まず東海汽船の運航状況を調べると、最終の運航可否は12時に決定という。なんとも中途半端な状況だが、八丈島まで到達はしていたので繰り上げ出航はなさそうだ。これなら飛行機欠航時の振り替えに心配はない。
あとは飛行機が飛ぶか飛ばないか。飛行機が飛ぶならこのままレンタカーをすぐ返しにいかなくてはならないが、飛ばないなら一時間長く借りられる。島をもう一周できるので、就航か欠航かをすぐに調べることにした。
三宅島便が羽田を出るのは11時45分だから、飛ぶならもう決まっているはず。、、、だったのだが、運航情報を調べてみたら、今だに「天候調査中」となっていた。
これはちょっと意外だった。だいたい火山ガスの影響がない日に何を調査しているのだろう。風は少し強いが天候は回復しつつある。三宅島便に使うボンバルディア機は三宅島に往復したあとは羽田で居眠りに入る運用で遅れて飛ばしても全然余裕なので、運航可否をゆっくり決めているのかもしれないが、それにしても決定が遅い。
今日は時間が遅くなるほど天気が良くなる予報なので、少しでも運航可能性が高くなるよう待ってくれるのはうれしい措置だ。だが、運航可否の決定が遅くなるのはうれしい反面少し問題があった。飛ぶのが確実ならより天候がよくなるのを待ってから運航しても良いのだが、あまり運航が遅くなると、結局運休になったときに船への切り替えができなくなるからだ。
過去にネットの運航情報が「天候調査中」なのに欠航が決まっていたこともあったので、予約センターに問い合わせてみることにしたのだが、やっぱり調査中であることに変わりはなかった。
このあとどうするか判断するのに迷う微妙な状況。飛ぶかどうか分からないがとりあえずレンタカー屋に向かうべ、と車のエンジンを入れた瞬間、「視界不良のため欠航」というメールが届いた。
視界不良!?
確かに低めの雲は出てるけど、天気は回復気味だ。
今回は火山ガスの影響がないだろうと東風の日を選んだ。強風予報だったので、風の欠航ならまだ納得もいくのに、まさかの視界不良欠航になってしまったのだ。
航空便は存続の危機で視界不良なのに、視界不良で欠航になるとは、結構冗談がきつい。
ただ、これで帰りも船が確定したので、車は13時返却になる。まずはレンタカー屋に電話して貸出時間の延長と送迎先の変更を連絡。島を反時計まわりにもう一周してレンタカー屋に戻ることにした。
※羽田-三宅島線は、運航に使用しているボンバルディアDHC8‐Q300をANAが今年度中にも退役させる意向で、羽田-大島線とともに路線廃止の危機に陥っている。東京都などが動き、調布をベースにする新中央航空(NCA)が来年度の増機に合わせて引き継ぐことで落ち着いたようなのだが、この場合、1便ルールでANAに割り振られた三宅島便、大島便の羽田の枠がどうなるか気になるところだ。1便ルールでは路線の廃止ができないから、NCAが引き継ぐのなら、ANAの貴重な2枠をNCAに振り分けて羽田に就航するという方法もありうるが、NCAの機材は巡航速度が羽田の基準を満たさないとのことで、国交省からは参入を拒否されているのだそうだ。来年度以降、運航が継続されるかまさに視界不良状態なのだ。
ANAにとってみれば、羽田の来年度増枠でより多くの枠を確保するため、評価で重視されるであろう地方路線である三宅島線、大島線を今年度中は維持。増枠を確保したのちに両路線を切り捨て、1便ルールの縛りからも逃れたうえ、運休で浮く2枠を採算路線へ振り分ける戦略なのかもしれない。
■火山の島、最後に来たぞ硫黄臭
いま視界不良と連絡があったばかりなのに、ヘリポートを出て島の西側に出たら雲も少なくなり、利島や新島、神津島がくっきり見える天気になった。
なにが視界不良だ。もう少し早く天気が回復してほしかった。
西側の名所はだいたい回ったが、七島展望台と新澪池跡がまだだった。展望台は山の中腹にあり時間がかかりそうだったし、雲が出ていると無駄足になるのでパスし、新澪池跡にだけ寄り道した。
新澪池跡は、その昔の噴火口に水が貯まった火口湖だったところだが、昭和58年の噴火で完全に干上がってしまい、いまはバカデカい大穴があいているだけになってしまったそうだ。
三宅島は西風に次いで北東風のことが多く、この周辺は帰島開始後しばらくの間、高濃度地区に指定されていた。今日も北東の風で、車から降りたとき、島に来て初めて硫黄臭を体験することになった。
すぐそばに新鼻新山なる火砕丘があったのだが、歩道のようなものが整備されておらず、上から眺めるだけになってしまった。
新澪池跡を上から眺めた様子。池がなくなり、ただの大穴になっていた。すでに緑が覆っていて、言われなければ池があったとは分からない。
■火山の島、注意報はまだ続く
最後は空港に立ち寄って払い戻し手続きを実施。さっき空港に来たときは雨が降っていたので、再訪問した空港では、外まわりを再度撮影した。
空港周辺は雲がまだ広がっていたが、御蔵島ははっきり見えるので視界は良好にも思える。なんとも残念な欠航になった気がした。
せっかくやってきた三宅島空港。記念すべき最後の空港だったのに、結局、飛行機が駐機しているのを見ることはできなかった。
これで日本最後の訪問となった三宅島空港の見学が終了した。
空港からレンタカー屋まではほんの数分だった。
少し早く着きすぎたせいか、送迎まで少し時間があった。
送迎を待っていたら、「粟辺、立根地区にレベル2」「ガスマスクをかぶりましょう」との防災無線が大音量で流れた。島に着いて初めての注意喚起だ。
すぐそばに無線のスピーカーがあったせいもあるが、あまりの大音量だったので、いまいる地区かと勘違いしてしまった。カバンの中のガスマスクを取り出そうとあたふたしてしまったが、店員はそんなそぶりが一切ない。
手元の地図で地区を調べてみたら、注意喚起が出てきたのは島の南東部でここではなかった。
一安心だったのだが、よくよく見てみると、なんと直前までいた新澪池跡付近が該当場所だった。新澪池跡を見に行ったとき、ちょっと硫黄臭いとは思ったものの、草津温泉程度とたいして変わらないやとマスクを車の中に置きっぱにしていた。あのとき、やや危険だったとは、ちょっと油断しすぎてしまった。
レベル2が出た地区は、レンタカー屋から港に行く途中で横切る地区だ。マスクを着けるよう放送が入るくらいだから、通過もできないのかと思ったら、送迎車は普通に地区を横切る経路で港へ向かい、地区内で何台もの車にすれちがった。
レベルは全部で4段階。レベル2なら通過は構わないようだった。
結局ガスマスクを使う必要はなかったのだが、まだまだ注意報は続いているので、三宅島に行く際はガスマスクの携行は必須だろう。
レンタカー屋からの送迎は再び20分ほど。アカコッコ館を過ぎた辺りで天候は完全に回復し、太陽がまぶしい状態になっていた。
※レンタカー屋から送迎してくれたにいちゃんによれば、三宅島では東と西で天気が大きく異なることが結構あるそうだ。今日は北東の風で、東側は風が山にぶつかって雲が出たままだったが、西側は早々雲がとれていた。
■火山の島、最後は青い空の下で
港には13時20分頃に到着した。
船の出港まで1時間近く余っているので、少し歩いて町役場の臨時庁舎と図書館に寄り道。その後、レンタカー屋のにいちゃんがうまいと勧めてくれた港近くの商店(ツチヤ)で寿司を購入した。
船に乗るとき、頭上には青い空が広がっていた。
団体客がいたせいか、船内は行きよりも混雑していた。昼間の運航だし、できるだけ外で眺めていたかったのだが、早朝から動き回っていたせいか眠気はピークに。横になったらいつのまにか寝てしまい、気が付いたら久里浜近くを航行しているところだった。
久里浜近くを航行した際、時刻はまだ17時を過ぎたばかりだった。三宅島からは約3時間。船内の地図を見ると、久里浜から竹芝までは、三宅島から久里浜までよりぐんと距離が短い。これなら、20時到着予定が18時くらいには着けそうだから、予定より早く着くか案内所で聞いてみたら、浦賀水道から先は速度を落とさなくてはならないので、時間どおりかかると言われた。航行する船舶数が多く、成田や羽田の飛行機みたいに混雑しているそうだ。
久里浜で下ろしてくれれば、JR快速か京急快特で、あっという間に家まで早く帰れるのに、ノロノロと竹芝まで向かう、なんとも残念な航路になっていた。
竹芝には時間どおり20時30分に到着。浜松町からJR線で家路についた。
帰りの船には三宅島で過ごしていた学生集団が乗っていた。出航時には団体が島を出るとき恒例のお別れテープが、、、。離島の船が一番絵になる瞬間だろう。
それにしても錆ケ浜の頭上は青く澄んだ空。こんな良い天気でなぜ飛行機が飛ばないのだろう???
■今日の教訓!
・三宅島は早朝から動こう←船は朝5時着。島の人は早朝から色々対応してくれる。
・三宅島で噴火遺産を見てみよう←ポンペイより浅間山より近い!
・三宅島は鳥の島←かなり種類が多いのだそう。
・三宅島にはガスマスク←携行は義務。注意報はまだまだ出ています。
・三宅島は東と西で天気が違う←そんなことが結構多いようです。
■実際の旅程
11/24 SAT
竹芝桟橋22:20( 東海汽船 )→05:00三宅島・錆ヶ浜港
錆ヶ浜港05:10( 送 迎 車 )→05:30三宅島・坪田
坪 田05:30(レンタカー)→09:30[三宅島空港]
[三宅島空港]09:45(レンタカー)→10:50[三宅村場外離着陸場(三宅島ヘリポート)]
[三宅村場外離着陸場(三宅島ヘリポート)]11:30(レンタカー)→12:45三宅島・坪田
坪 田13:00( 送 迎 車 )→13:20三宅島・錆ヶ浜港
錆ヶ浜港14:20( 東海汽船 )→20:30竹芝桟橋
竹芝桟橋20:30( 徒 歩 )→21:00浜松町駅
浜松町駅21:00(JR京浜東北線等)→22:00自宅
(コスモレンタカー/宿泊なし)
2012年11月23日
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